筋肉を動かすエネルギー源
目標の大会でサブ4を達成してから、すっかり休養モードに入った@taku.2brunnerです。最近は、これからの自分のレベルのステップアップに繋げるために本を読んで勉強に励んでいます。
そこで今回はそんな本の中から柿木克之氏の著書”自転車競技のためのフィロソフィー”を読んで、本書に簡潔にまとめられている代謝の仕組みについて紹介したいと思います。
1.筋肉を動かすために必要なもの=ATP
筋肉を動かすため、エネルギー源として使われる物質がATP(adenosine triphosphate、アデノシン三リン酸)です。このATPを供給する仕組みを代謝と呼びます。
さてこのATPという物質は何から作られるのでしょうか。その原料が脂肪とグリコーゲン。グリコーゲンは糖から作られるので、脂肪と糖と言ってもいいでしょう。この脂肪と糖からどのようにATPが作られるかについては後で説明します。今は筋肉を動かすためにはATPという物質が必要で、その原料はグリコーゲンと糖だと覚えておきましょう。
ではエネルギー源のATPがあれば筋肉を動かせるかというとそうではなく、可動イオン等の物質も必要です。可動イオンとは例えばカルシウムイオンなどのイオンです。この可動イオンを筋肉が取り込んだり放出することで、筋肉が収縮したり弛緩したりすることができます。この可動イオンを取り込んだり放出するときにATPをエネルギー源として使用するのです。
またさらに、この可動イオンを筋肉中をスムーズに移動させるためにグリコーゲンが使われます。
つまりまとめると、筋肉を動かすために必要なのは、ATP、可動イオン、グリコーゲン、ということになります。
2.ATPの供給経路
先ほど述べたようにATPの原材料は脂肪とグリコーゲンです。脂肪とグリコーゲンからどのようにATPが作られて供給されるのかを示したものが次の図です。
酸化系(メイン工場経由)
脂肪と糖を直接ATPに変換することはできないので、いくつかの変換過程を経ていく必要があります。その変換工程は脂肪では2段階(図ではF1、F2)、グリコーゲンでは1段階(G1)存在します。グリコーゲンは前処理が脂肪よりも少ないので速やかにATPを供給できることになります。
前処理を経た物質はメイン工場へと運ばれて、そこでATPが生成されます。このメイン工場を経たATPの供給ルートを酸化系と呼びます。何故酸化的と呼ぶかというと、メイン工場では原料と酸素の化学反応(つまり酸化)からATPを生成するからです。この酸化反応はミトコンドリアが仲介して反応が進むため、ミトコンドリアの量がメイン工場の働きとして重要になります。
解糖系(メイン工場を経由しない)
ATPの供給ルートとしてはメイン工場を経由しないルートもあります。
それが前処理G1で直接生成されるATPです。酸素を使用しないで、直接グリコーゲン(糖)を分解して生成されるため、解糖系と呼ばれます。この解糖系では前処理G1のみでATPを供給できるため、メイン工場経由の酸化系よりも速やかにATPを生成できることが特徴です。
つまり運動強度が上がるとメイン工場だけではATPの供給が追いつかないため、この解糖系をより働かせてATPを供給することになります。この辺りの運動強度と供給経路の関係については後ほど説明したいと思います。
3.ATP以外の生成物
代謝系ではATP以外の物質も精製されます。
まずメイン工場で生成されるのがクレアチンリン酸です。このクレアチンリン酸はある程度蓄えることができ、また速やかにATPに変換できることから、ATPが急激に必要になった時の供給源となるものです。
次に前処理G1(解糖系)で生成されるのが、ピルビン酸と乳酸です。ピルビン酸はメイン工場へと送られてATPの原料となります。一方乳酸は血液中に蓄積され、他の筋肉へと送られてピルビン酸へと変換されます。
以上、ATPの供給ルートを把握した上で、運動強度によってどのように代謝が働くのかを見てみましょう。
4.運動強度と代謝の働き
4-1.運動強度が低い時
運動強度が低いときをまず考えてみましょう。
この時、筋肉を動かすために必要なATPの量はそれほど多くありません。その時は前処理が多く、生成スピードがそれほど早くない脂肪をエネルギーとする酸化系の代謝で十分に供給が間に合います。
従って、運動強度が低い場合は脂肪を原料としてATPが生成されます。つまりよく言われる脂肪を燃やす状態になります。
4-2.運動強度が中程度の時
運動強度が低い状態から徐々に強度を上げていくと、脂肪を原料とした供給ルートに加えて、グリコーゲンを原料とした前処理G1を経る供給経路も働き始めます。この経路からはピルビン酸がメイン工場へ送られて酸化でATPを作るものと、直接前処理でATPを発生させるものと二つの経路が加わります。
4-2.運動強度が高い時
それではさらに運動強度が上がるとどうなるでしょうか。
まずメイン工場はフル稼働状態になりATPを生成します。さらに足りない分を蓄積していたクレアチンリン酸で補いますが、この貯蓄量はそれほど多くないためにすぐに枯渇します。
グリコーゲンを原料とする前処理G1の処理がさらに増えていき、足りないATPを供給することになります。
前処理G1は同時にピルビン酸を生成してメイン工場へと送りますが、メイン工場へと送ることのできるピルビン酸の量には上限があるために、ピルビン酸が余るような状態になります。余ったピルビン酸は乳酸へと変換されてメイン工場の能力に余裕のある他の筋肉(例えば心筋)へと送られてそこでATPへと変換されて消費されます。
つまり強度が上がるとピルビン酸の生成量が増加して、余剰のピルビン酸が乳酸へと変わる現象が発生し始めるのです。この乳酸が発生して血中の濃度が上昇するポイントをLT(Lactate Threshold:乳酸閾値)と呼びます。
よく乳酸は疲労物質だと誤解されていますが、実際には上に書いたように他の筋肉のエネルギー源となるものであり乳酸自体は疲労物質ではありません。
次に述べるような現象が乳酸が疲労物質ではない事を示しています。
- 乳酸の血中濃度が上昇した後に、平常時の濃度までに戻るための時間は20分程度。そのことは、運動後、例えば翌日に筋疲労を感じることとは矛盾する。
- 自転車レース中に全力のアタックをかけて脚を使い切っても、1〜2分程度脚を休ませれば次のアタックを掛けられる。このことは血中の乳酸濃度では説明できない。
乳酸自体は疲労物質ではなく、あくまで運動強度が上がって、解糖系の前処理G1が活発に動いた事を示す指標と言えます。
5.LTと疲労
それでは乳酸の血中濃度が上昇するLTと疲労とはどのように結びついているのでしょうか。
疲労は様々な現象の複合であり単純な一つの現象ではありません。
例えば筋肉で使われたATPが加水分解して発生する無機リン酸(Pi)は筋肉中のカルシウムを捕捉します。カルシウムは筋肉の収縮・弛緩で使われるイオンですので、カルシウムが減少すると筋肉の動きが阻害されることになります。
また筋肉中を可動イオンが移動するためにはグリコーゲンが必要ですが、解糖系をたくさん使ってグリコーゲンが枯渇するとこのイオンの移動が阻害されて正常な筋肉の収縮が阻害されます。
また筋肉中から漏れ出したカリウムイオンは筋肉に痛みや呼吸中枢を刺激して苦しさを感じさせるとされています。
さらにグリコーゲンの減少自体も疲労を感じさせることに繋がります。
このように疲労は様々な現象によって引き起こされますが、全てが運動強度と密接な関係があるのです。
このような疲労現象が複合的に発生し始めるポイントが、解糖系が活発に動き出すポイント=LT、というわけです。
6.ウォーミングアップとメイン工場の稼働
メイン工場とその前処理系を動かす出すためにはある程度のウォーミングアップが必要です。
メイン工場が十分に稼働していない状態では、解糖系の前処理G1がATPを補うために働いてしまいます。このような状態では強度は低いのに疲労物質は蓄積してしまい十分なトレーニング効果を得ることができません。
そこで10分〜20分程度は低い強度でウォーミングアップを行い、メイン工場が十分に稼働して、筋肉にATPを供給できるようになってから運動強度を上げたほうがいいでしょう。
私自身、あまりこのような視点でウォーミングアップを捉えたことがなかったのですが、急に走ろうとすると身体が上手く動かなくて苦しさばかり感じるのは、このような理由だったんですね。納得できました。
7.まとめ
筋肉を動かすエネルギー源であるATP。
その供給源には主に二つあり、一つは酸化系の経路、もう一つは解糖系の経路です。
運動強度が低いうちは酸化系の経路で十分にATPを供給できますが、強度が上がってATPがより必要になると解糖系が動き始めます。そして解糖系の供給が多くなると血中の乳酸濃度が上昇するLTとなります。
同時にLTを越えると様々な疲労現象が発生して、疲労物質が筋肉に蓄積されて強度を維持することが難しくなります。
運動強度を把握するためには、このLTを知ることが非常に重要(直接筋肉の仕組みと連動しているから)です。
現状では心拍数やペースと結びつけて把握することしかできませんが、もしGPSウォッチに血中乳酸濃度の測定機能があればとても便利なのにと思いました。