トレーニングの運動強度を把握するために心拍計を使う人も多いと思います。私もその一人で、なにより客観的に数字で負荷の状況を見ることができるので分かりやすいです。
ランニングの本や雑誌でもトレーニングの強度を心拍レート(何%か)で指定していることが多いですよね。何パーセントから何パーセントと指定されている心拍数のゾーンを心拍ゾーンと呼びます。
ただこの心拍ゾーン、特に記載もなく2種類の定義が混在していて注意が必要なようです。私自身もよく混乱してどの数字を使っていいのか分からなくなるので整理してみました。
心拍ゾーンの記載方法には次の2つの主要な方法があります。
- %HRmax、%MHR
- %HRR 、カルボーネン法
このあと詳細に説明していきますが、一つ目の%HRmax法は安静時の心拍を考慮していない方法、二つ目の%HRRは安静時心拍も考慮している、という点が違いとなります。
Contents
1.運動強度(心拍%)の定義
1-1.%HRmax、%MHR
%HRmax (Heart Rate maximum)もしくは%MHR (Maximum Heart Rate)は文字通り最大心拍数に対するパーセンテージで計算する心拍レートです。ゼロピーク法とも呼ばれます。
この方法での心拍パーセント算出方法はシンプルに、
%MHR = (心拍数)/(最大心拍数)
分かりやすく図にすると次の通りです。
最大心拍数 = 207 – 0.7×(年齢)
しかし上記はあくまで統計的な平均値で、各個人のばらつきは考慮されていません。ジャック・ダニエルズ博士のダニエルズのランニング・フォーミュラの中にも次のような記述があります。
このような式は、大集団の最大心拍数を推定するには有効かもしれないが、個人の最高心拍数をこの式で計算すると、大きな間違いにつながることもある。
ジャック・ダニエルズ著”ランニング・フォーミュラ 第3版” p.45より引用
さらに2人の実際の測定例を挙げています。
1人は30歳のとき、最高心拍数を正確に測定したところ、148であった。この同じ男性が55歳になったとき、最高心拍数は146だった。 (中略)。もう一人は、25歳時の最高心拍数は186(220マイナス年齢で求められる推定値よりも低い)だったが、50歳のときには192になっていた(220マイナス年齢で求められる推定値よりもはるいかに高い)。
ジャック・ダニエルズ著”ランニング・フォーミュラ 第3版” p.45-46より引用
正確に最大心拍数を把握するためには実際に強度の高い運動をして測定する必要があります。ただ最大心拍の測定は危険も伴います。レースやインターバル走時の心拍数を確認して、最大心拍が上記式から大きくずれていないか確認したうえで、使用するのがいいかもしれません。
%MHR法は分かりやすい、計算しやすいというメリットがある反面、低い心拍数ではやや正確性に欠ける側面もあります。
たとえば最大心拍数180拍/分であれば%MRH法で50%の運動強度を心拍数に直すと、
心拍数 = 50% × 180拍 = 90拍
となります。ここで安静時の心拍数が違う二人、例えばAさん(安静時心拍40)、Bさん(安静時心拍80)がいたとします。
二人が心拍数50%でトレーニングしたとしたらどうなるでしょう。
Aさんにとっては安静時から心拍数50%までの心拍数差は90-40=50です。安静時から50くらいは上げられる強度、という事になります。一方、Bさんにとっては安静時心拍数から心拍数50%までの差は90-80=10しかありません。10くらいなら少し動いただけでこの心拍数に達してしまうでしょう。
つまり心拍数で設定した運動強度としては同じ50%なのに、Aさん、Bさんにとって実際にかかる強度は大きく変わってしまうことになるのです。これはこの%MHR法が安静時心拍数を考えていないことによって生まれる問題です。そこで安静時の心拍数の個人間の差を考慮した方法として次の%HRRが有効となります。
1-2. %HRR (カルボーネン法)
%HRRとは英語でHeart Rate Reserveの略です。”Reserve”とは蓄え、という意味です。ここでは実際に心拍数として”使用可能な分”という意味でしょうか。定義は下記です。
%HRR = (心拍数-安静時心拍数) / (最大心拍数-安静時心拍数)
図にすると次のようになります。
%MHRと違い、実際に運動によって心拍数が変動する範囲に対して、現在の心拍数の割合を示したものとなります。
先ほどのAさんBさんの例で50%の運動強度時の心拍数を計算してみましょう。
Aさんの場合、最大心拍180、安静時心拍 40なので、
50%運動強度の心拍数 = 50% × (180 – 40) + 40 = 110拍
Bさんの場合、最大心拍180、安静時心拍 80なので、
50%運動強度の心拍数 = 50% × (180-80) + 80 = 130拍
と求めることができます。Aさんの心拍数110とBさんの心拍数130が同じ運動強度となり、二人の間には同じ50%の運動強度でも20拍の心拍数の差があることがわかりました。
2. %MHRと%HRRの比較
次に%MHRと%HRRで比較したときに、どういう場合に差が大きくなるのかを検証してみましょう。
先ほどのAさん、Bさんについて、%MHRと%HRRの関係を計算した結果が次のグラフです。
グラフから次のことがわかります。
- AさんBさんともに低い運動強度ほどMHR法の計算のほうが心拍数が低い
- AさんBさんの差も低い運動強度で顕著となる。安静時心拍数の高い人ほど乖離が大きい。
安静時心拍数の高い人、運動強度低い練習を実施する人は計算方法に注意してみてください。
3.ダニエルズ式トレーニングでの使用方法
ダニエルズのランニング・フォーミュラでは心拍レートの記載は%HRmax (%MHR)法で記載されています。
前述の通り、運動強度の低い領域、安静時心拍の高い人にとっては%HRR法のほうがよさそうなのに何故でしょう。自分なりに考えた結論が以下です。
運動経験のない人にとって負荷を小さくする(=無理をさせない)。
どういうことか説明します。
安静時心拍数は心筋の発達とともに低くなります。なので運動経験のある人は低く、運動経験のない人は高くなります。先ほどのAさん、Bさんの例でいうとBさんは運動経験の少ない人です。
Aさんは心筋が発達しているため、50%MHRつまり90拍の心拍数に達するまでにある程度の運動(ジョギング)ができます。Bさんは心筋が発達していないため、50%MHR(90拍)の心拍数には少し歩いただけで達してしまいます。
ただこの二つの運動は二人には同じ強度と考えることもできるのです。%HRR法ではBさんにもジョギングすることを要求しますが、ダニエルズさんとしては運動経験の少ないBさんには歩いていいよ、という考えで%MHR(%HRmax)法を採用していると推定しています。
さてダニエルズ式トレーニングでは5種類のトレーニング(Easy/Marathon/Threshold/Interval/Repetition)がありますが、それぞれに対応する心拍ゾーンも設定されています。
トレーニング | 目的 | 心拍ゾーン |
Easy | 基礎筋力と心筋の強化 | 65~79% |
Marathon | Easyと同じ | 80~90% |
Threshold | 乳酸閾値の向上 | 88~92% |
Interval | VO2maxの向上 | 98~100% |
Repetition | 走動作の改善 | ー |
Repetitionに関しては、短時間のダッシュでスピードを養成する練習(有酸素能力の改善ではない)ので心拍ゾーンは定義されません。
各トレーニングについて詳しくはダニエルズ式トレーニングに詳しく書いていますので読んでみてください。
ダニエルズ式トレーニングとは~概要~
4.ガーミンによる心拍ゾーンの定義
一方ガーミンやポラールといった心拍計付きのスポーツウォッチを販売するメーカでは安静時心拍数を使った心拍ゾーンが使用されています。ガーミンの定義は以下の通り。
ゾーン | 効果 | 心拍ゾーン(%HRR) |
リラックス | ウォーミングアップ | 50~60% |
イージー | 脂肪燃焼 | 60~70% |
モデレート | 有酸素運動 | 70~80% |
ハード | 無酸素運動 | 80~90% |
エキスパート | 最大強度 | 90~100% |
%HRRなので安静時心拍数を知っておく必要があります。
光学式心拍センサー搭載のスポーツウォッチであれば就寝時に寝ている間の心拍数を記録してくれるので安静時心拍数を手軽に測定することができます。
私はガーミンのForeathlete735XTJを使用していますが、毎日の安静時心拍数を自動で測定してくれます。運動強度の目安に使うだけでなく、日々の推移から自分の体調を把握することができるのでおすすめです。
下の写真のように過去1週間の推移が確認可能です。