アメリカの著名なランニング指導者であるジャック・ダニエルズ博士。その指導方法にふれることができるのが彼の著書”ダニエルズ・ランニング・フォーミュラ 第3版”です。この本があれば身近に指導者がいない人でも練習メニューを組むことが可能。
800mからフルマラソンまでの各距離ごとのメニューに加えて、初心者から上級者別のメニューも分けて記載されているので、どんなランナーにも役に立つすごい本なのです。
しかもその豊富なメニューはこの本の後半の部分を占めるにすぎません。
前半に記載されているトレーニングの基礎的な考え方こそこの本の核心部分。文章の量は多いですが、そのぶん読むたびに新しい発見があります。
初心者なりの解釈ですが彼の指導法は3つの要素からなります。ここではダニエルズ式トレーニングのエッセンスとなるその考え方について紹介したいと思います。
Contents
ダニエルズ式トレーニングの特徴
彼のトレーニング方法の要素をなすのは次の3つです。
- 5つのトレーニング強度(ランニングペース)
- 4つのトレーニングフェーズ(期間)
- VDOTを用いた適切なトレーニング強度の設定
それぞれについて見ていってみましょう。
1.5つのトレーニング強度(ランニングペース)
ダニエルズ式トレーニングでは5つの異なるトレーニング強度を使って、ランニングに必要な能力をそれぞれの強度ごとに強化していきます。
5つのランニング強度は下記です。
- Eペース(Easy)
- Mペース(Marathon)
- Tペース(Threshold)
- Iペース(Interval)
- Rペース(Repetition)
それぞれの詳しい内容は以下の記事で紹介しています。
- 関連記事:ダニエルズ式トレーニング~Easy(イージー)ラン~
- 関連記事:ダニエルズ式トレーニング~Marathon(マラソン)ラン~
- 関連記事:ダニエルズ式トレーニング~Threshold(スレッショルド)ラン~
- 関連記事:ダニエルズ式トレーニング~Interval(インターバル)ラン~
- 関連記事:ダニエルズ式トレーニング~Repetition(レペティション)ラン~
では各強度で得られる効果、どの程度のペースでどのくらい走ればいいのかを順に見ていきましょう。
各強度で得られる効果
タイプ | 効果 |
Easy | 心筋強化、毛細血管発達 |
Marathon | Eと同じ+ペースに慣れる |
Threshold | 持久力強化(閾値向上) |
Interval | 有酸素性作業能向上 |
Repetition | 無酸素性作業能向上、ランニングエコノミー向上 |
ここで挙げられているすべての能力は長距離ランニングにおいて必要となる項目です。さらにダニエルズ式トレーニングで重要な考え方が、それぞれのトレーニング強度で得られる効果は全く異なるという点です。狙った強度で練習しなければ、つらい練習をしたのに、狙った能力は向上できない、ということもあり得るのです。
各強度の強度の指標
それぞれのランタイプについて強度を定量的に示したのが下の表になります。
タイプ | トレーニング強度 | |
%VO2max | 心拍数 (%HRmax) | |
Easy | 59~74% | 65~78% |
Marathon | 75~84% | 80~89% |
Threshold | 83~88% | 88%~92% |
Interval | 95~100% | 97.5~100% |
Repetition | 105~120% | 100% |
%VO2maxについては実際にVO2maxを把握する必要があるので我々市民ランナーには使いにくい指標ですね。ただ走行ペースは%VO2maxに比例するのでそれぞれのランタイプでどの程度走行ペースが違うのかを把握するために使えるかも知れません。
心拍数については%HRmaxで記載されています。つまり最大心拍数にこの割合を掛けると具体的な心拍数になります。ただ注意が必要なのは、走行強度と心拍数とは必ずしも一致しないことです。例えばIntervalペースで走っても、心拍数はすぐには97.5%を超えるかというとそうでは有りません。おそらく何本かInterval走を入れて、オールアウトする直前に何とかこの心拍数になるのではないでしょうか。
またRepetitionトレーニングは1本数十秒くらいしか走らない上に、レスト時間をしっかりとって心拍数を落ち着けてから走るのでここに記載されている心拍数には達しません。
トレーニングで身体(筋肉)へ掛ける負荷としては走行ペースを設定したランタイプに合わせることが大事です(このあたりは自転車のパワートレーニングの考え方と同じです)。ですので、心拍数についてもあくまで目安だと考えていいでしょう。次の記事で心拍数の記載方法について書いていますので参考にしてみてください。
結局トレーニング強度については%VO2max、心拍数ともに使用するのが難しいので、ダニエルズ式のトレーニングでは”VDOT”と呼ばれる指標を使います。このVDOTを各自の記録から計算することによって適正なランニングペースを算出して使用することができるのです。詳しくは後述します。
各強度の練習時間と距離
タイプ | 持続時間※1 | 走行距離上限※2 |
Easy | 30~150分 | 25~30% |
Marathon | 40~110分 | 15~20% |
Threshold | 5~20分 | 10% |
Interval | 5分 | 8%か10kmの短いほう |
Repetition | 2分 | 5%か8kmの短いほう |
※1 持続時間について
この記載は原文では”1回あたりの練習量の上限と範囲”となっています。この意味はおそらくインターバルトレーニングであれば1本あたりの時間を示すと考えられます。例えばIペースの5分は、インターバルで繰り返すIペース走のうち1本の上限時間を指します。
※2 走行距離上限について
こちらは原文では”週間走行距離に対する割合”となっています。そのままだと単純に週の走行距離をこの割合で練習することになりますが、全部足しても100%になりません。そこで本の記述をさらに追っていくと、正しくは1回の練習での上限のことを記載していることが分かります。
練習ペース・距離設定の具体例
例として、私の場合に具体的にどのような数字でトレーニングすればいいかを見てみましょう。
週間走行距離はおおよそ40km、最大心拍数は191、そしてVDOT計算機から算出したペースは下表のようになります。として次の表のようになります。ペースは次のダニエルズ公認のWeb計算機から計算可能です。(私の場合はVDOT=40.6)
http://www.runsmartproject.com/calculator/
タイプ | ペース | 心拍数 | 1回の練習での上限 |
Easy | 6:01~6:25 | 124~149 | 12km |
Marathon | 5:23 | 153~170 | 8km |
Threshold | 5:02 | 168~176 | 4km |
Interval | 4:38 | 186~191 | 3km |
Repetition | 4:23 | 191 | 2km |
ここで目を引くのが1回での練習の上限。一番強度の低いEペースでも12kmとなります。フルマラソンのトレーニングとしては短いですよね。
本を読んでいるとよく分かるのですが、ダニエルズ式トレーニングの根底を流れる考え方は”自分の実力に見合ったトレーニングメニューを組み、決して無理をしない”ということ。ようは簡単に言うとダニエルズさん的には週間走行距離40km程度のヘッポコランナーはフルマラソンは走らない方がいい、と言うことかも知れませんね。
とはいえそれでは私のような初心者市民ランナーはフルマラソンを走れませんので、走行距離についてはダニエルズ式を参考にしつつ、自分なりのメニューを組んでいく必要があります。
ただトレーニングの強度と、その強度での練習で得られる身体的な効果についてはエリートランナーも市民ランナーも変わりませんので大いに活用したいところです。
2.4つのトレーニング・フェーズ(期間)
ダニエルズ式トレーニングでは、大会に向けて4つの期間(フェーズ)を設けてメニューを組みます。
さきほどの5つのトレーニング強度の組み合わせが4つのフェーズで変わります。それが次の表です。
フェーズ | 練習構成 | 目的 |
I | E | 基盤の構築と怪我の予防 |
II | E + R | スピードへの適応 |
III | E + R + I | 有酸素性システムの刺激 |
IV | E + R + I + T | 持久力強化、閾値領域の向上 |
各フェーズで新しいトレーニングが一つずつ増えていきます。
各フェーズでメインとなるトレーニングは新しく増えた太字のトレーニング強度で、前のフェーズで行っていたトレーニングもサブトレーニングとして引き続き実施します。
特徴というか面白い点は、走りはじめのフェーズ1の直後のフェーズ2でRペース走という、もっとも早いペースのトレーニングが来る点。
その後、Iペース⇒Tペース⇒Mペースとだんだん遅くなるという一見変わった順番です。このことについてダニエルズさんは
新しいフェーズに移るとき、新たに増やす運動刺激は1つに絞るようにしている。EランニングからRトレーニングに移れば、前のフェーズの運動刺激に加えるのはスピードだけであり、有酸素性システムと乳酸除去システムにはほとんど負担はかからない。しかし、Iトレーニングに移れば、新たに加える運動刺激が2つ(速いスピードで走る刺激と有酸素性システムへの刺激)になってします。
ジャック・ダニエルズ”ランニング・フォーミュラ第3版” P.99
といっています。つまり新しい刺激を加える場合は常に一つのみとして、身体への負担を少なくしているのです。
各フェーズでは単一のトレーニングばかりするのではなく、競技の距離に応じてミックスする比率を変えていきます。例えば短い距離の選手ではフェーズ3ではIペースばかりではなくRペースを継続的に実施しますが、マラソン選手ではIペースの回数を増やすなどします。
800m~フルマラソンまで対応した具体的な練習メニューについてもダニエルズさんは準備してくれているので、この豊富なメニューだけでもこの本を買う価値があるでしょう。
3.VDOTを用いた適切なトレーニングレベルの設定
VDOTはダニエルズ氏が考案した独自のランニングの実力の指標です。長年のデータの蓄積から導き出された指標であり、こちらも800m~フルマラソンまでの幅広い距離をカバーできます。
実際の算出方法についてはランニング・フォーミュラに載っている一覧表や、ネット上に記載されている表を用いるのがいいでしょう。簡単なのはネット上の公式の計算ツール(http://www.runsmartproject.com/calculator/)です。
詳しい概念や思想については長くなるので次の記事を参考にしてみてください。
- 関連記事:ダニエルズ式トレーニング~VDOTとは~
以上が、ダニエルズさんのトレーニングの概要です。プロの指導法が誰でも自分のレベルに合わせて試せることが、このトレーニング方法の素晴らしい点ですね。
それぞれのトレーニングについて別記事にまとめていますのでこちらも参照してみてください。
まとめ
ダニエルズ式トレーニングの概要について紹介しました。一見とっつきにくそうな本ですが、実際にはここでは紹介しきれないくらいたくさんの役立つ知識や面白いエピソードが満載でとても読みやすい本でした。これからのトレーニングにいかしていきたいです。